レアモンクエスト 2023 第三話

レアクエ

ドロドロのカーペットを数人で綺麗にするTikTokを見続けてたら朝を迎えたオサーンです。

違うフロアに位置する財務課へ打ち合わせに行くことになったのだが、そこに “○○院” という苗字を持つ女性係長がいる。挨拶はしたことあるが、フロアが違うので話をする機会がなかった。名前からすると深窓しんそうの令嬢のようだがナメてはいけない。”漆黒の弾丸” と僕は呼んでおり(年中、日焼けしている)、エネルギッシュで仕事が早い。この嬢がそのフロアで作る “漆黒グループ”(色黒が多いので僕が勝手にそう呼んでいる)という派閥的なグループがあり、その中にロレックス好きの僕の元部下がいる。190cmで100キロオーバー。街で出会ったら目も合わせたくない大男だ。その大男に、「最近、何か買えたか?」と聞くと、「そんなこと、もうええんです」と大きな体を震わせながらいう。フフフ、ロレックスを買うのはそんなに甘くない。ここは上司として親身になってやろう。「どうした?買えなくて心折れたんか?」この気配りこそ、上司たるものだ。

「何いうてるんですか。離婚したって聞いて、ショックなんですよ・・・」

あっ、そんな大声で言っちゃいかんでしょ・・・その刹那、漆黒の弾丸がスマホを取り出し、文字を打っているのを右斜め前方、2時の位置に確認した。さすが漆黒の弾丸、言いふらすのも弾丸級。

そんな職場のストレスに耐える日が続き、待ちに待った休みがやってきた。この日は2店舗ほどパトロールということで、ロレックスハーフマラソンをすることにした。予約をしないと入店できなかった店舗も、今では並んで入ることができるようになっている。

しかし世の中には並ばなくても、予約をせずとも普通に入店して、しかもレアなモデルを買える人がいるそうな。それはそれで羨ましいが、モノは考えようだ。実は社会において、厳しい安月給の環境下で仕事をしていると、職場内の同僚との絆は深くなる。団結だ。厳しい環境の海中でも小さなイワシは身を守るために大きな群れをなす。そう、それはロレックス社会でも起こっているはずだ。数十分、外で並んでやっと入れる。そして数分で粉砕される。その同志たちとの絆は相当なものがあるはず。僕は砕け散って店から出てきた同志には小声で「アーメン」と呟いている。

しかし、SNSを見ていると、「今回も買えませんでした。買えなかったけどまた頑張ります!」というランナーが極端に少ない。僕はその投稿を見て、ややケツの穴を広げながら応援する。心から応援する。世の中、ロレックスを買えなかった人の方が圧倒的に多いはずだ。しかし時計を買いに行っておきながら、目的の時計を買えて、「異常あり!」とかいうワケの分からん投稿が多い(本当は僕も言いたい)。生まれたばかりの子の為に、粉ミルクを買いに行ったが、気が付いたらロレックスを買っていた。それが正真正銘の「異常あり」ではないか。だから、そうじゃない「異常あり」を見ると、完全に僕の心とケツの穴が閉じてしまう。買えなかった同志たちよ、恥ずかしくない、ドシドシ投稿して欲しい。そして共に頑張ろう。そう心に誓って家を出た。でもちょっとその前に、食べたかったアメリカンフードを目指します。

今シーズン初の月見は、マフィンで頂きます。ソーセージエッグマフィンとの違いは、月見にはベーコンと月見用のソース。ソーセージエッグマフィンは、ベーコンではなくチーズになっている。僕はどっちでもいいが、シーズン限定を今回は優先したが、後で月見が90円高いと知って、「何やねん、詐欺みたいやな」と、ぶつくさいう。

 

そして向かった第一のロレックス店、高島屋。

10時オープンに合わせて開門ダッシュ。といっても、走ろうとすると「走らないでください!」と高島屋店員に注意される。ここは競歩の要領で一気に前のジジババ軍団の隙間を縫うように進出する。ロレックスの入店並び選手権、見事Top10入りし、名前と電話番号を記入して電話呼び出しまで時間をつぶすことに。

午前10時の段階ではカフェ的な店しかやっていないので、取りあえずコーヒーを啜る。考えてみると、高島屋で以前、3番目に並んだ時に呼び出しが1時間後だった。この日は約10番目。昼を超えてしまうことも覚悟する。大丸のロレックスが11時開店なのでそれまでカフェで時間を潰そうとするが、ものの10分で痺れを切らした。そんな時は、ヒマ潰しには打ってつけの友達へ電話する。

「もしもし、俺やけど何してる?」電話の相手は、僕が時計ブームになる前に時計の良さを “和食さと” で幾度となく解いてやった学生時代の同級生。僕は言わば、伝道師であり預言者だ。
「何してるって、病院で寝てるよ。事故で右足骨折してるから。」
「そうか、それないらよい。ではまた。」預言者は他人の体の痛みには強い。

すると10時40分に高島屋からのコールがあり、もう来てくださいという。想定よりも早くて困惑しつつ、ダッシュで戻る。

店員:店 / オサーン:オ

店:「長らくお待たせしました。どうぞ。」綺麗なベテラン女性店員さんが対応してくれる。

オ:「昼過ぎぐらいと思っていたので、油断してました。」預言者は汗を拭う。

店:「そうですね、ご提案がなかなかできない場合は、どうしても回転が早くなりますねぇ・・・はい。」預言者は、”今日は買えない” と死刑宣告をいきなり下される。しかし僕は何もまだ言っていない。言うだけ言ってみることにする。

オ:「なかなか今は需要と供給がねぇ」とベタな話を枕にし、「その状況ですが、デイトナを・・・。」と厚かましく投げかける。

店:「デイトナですか。長らく入荷がないんですよ。」と、在庫確認もなしで断りを入れられる。嘘丸出しの答えを受けても預言者は笑顔でうなずく。

オ:「なかなか難しいですね。また来ます。」

余計とストレスが溜まった。

こんなのはマラソンじゃない。話にならん。電車に飛び乗り、ハーフマラソンのつもりだったのがフルマラソンへと変わった。

まずは心を落ち着かせるために、スウォッチストアへ入店。あまりヤル気のない店員に、ブランパンとのコラボモデルについて聞くと、在庫有りという。

一応、見せてもらったが、スルーした。見るだけという鉄の意思を見せつけてやった。どうだ、人気モデルを前にしても、僕は “おあずけ” ができるのだ。僕はそんなに軽い男ではない。欲しい人が多いからといって、すぐには飛びつかない。

出てくる流れを作ってからロレックスを回ったが、ここでも出てこなかった。こうなれば、もう泣き落とししかない。なりふり構わず、相手の善意に漬け込む作戦に出た。

店員:店 / オサーン:オ

店:「おまたせしました」笑顔が可愛い店員さんだ。これまで何度か対応してもらったこともあり、店員さんも覚えていてくれている。しかし今日は攻めの姿勢。

店:「お久しぶりですね、お元気でしたか?」僕は元気だが、

オ:「離婚したんで、元気ないです」まさに真珠湾攻撃ばりの奇襲攻撃だ。

店:「えっ?!」完全に、ドラクエの相手がフリーズしている状態となる。可愛い店員さんがフリーズしている。ここは、フルボッキ フルボッコにするしかない。

オ:「ロレックスが買えたらまた人生も上向きになるんですけどねぇ…」

店:「はぁ…」引き続き驚きで戸惑っている。

オ:「せめて一本買いたいと思いまして。」

店:「た、大変だったんですね…」絞り出すように話し出す。

オ:「この際、離婚祝いにオイパペのセレブレーションダイアルで祝いたい気もするんです。」離婚を理由にセレブレーションというツワモノはこれまでいないはずだ。

店:「セレブレーション、可愛いですよね。一度、在庫の方確認してまいります。」笑顔を取り戻し、奥へ消えていく店員さん。

待っている間にポケットから目薬を取り出し右手の中に忍ばせる。”在庫がありました” と言われたときの為に、感無量の準備に余念がない。しかしその準備もムダに終わった。その後、数店舗回った。

あ〜、疲れたと思いながら家路についている時、息子から電話がかかってきた。シャワーを浴びようと思ったが、我が家の給湯器の調子が悪いという。帰宅して現状確認をする。湯の蛇口をひねっても、「こんなもんで湯でしょうか」などと投げやりで仕事を放棄したかのような、生ぬるいヤツしか出てこない。もしかしたら、日中、温められた水道管からの温度しかないのかも知れない。炊事は何とかなるが、冬ではないのでまだマシとは言いつつも、風呂が寒くて参る。すぐにガス屋に聞くと、「30万円ぐらい用意しといてもらえれば」という。ナメとる。
「とにかく来月の給料日まで待てばええんや。」という建設的提言が預言者である世帯主から出る。
「エー!」という息子たちの嘆きには、「大したことない。必ず買う。ただただお前らは次の給料日まで待てばええんや。」と(なぜか小声で)応対する。
仕方なく業務用大鍋を友達から借りてきたので、台所で沸かして風呂に足す策に出る。何回か台所と風呂を往復すると、確かに湯は熱くはなるが、まるで野戦病院の風呂に入るような大騒ぎだ。
この「大鍋方式」の最大の弱点は、熱すぎて水を足すと、次の人間が入るまでに冷えるということだ。冷えるとまた熱湯を足さねばならないから、最初に入る人間にはとにかく熱くても耐える忍耐が要求される。
家族が入っていてもザーッと音がすると、「いま水入れたんとちゃうか」と疑心暗鬼になる。「水入れた奴は裏切り者だ」という闇の掟もできつつある。いま我が家の風呂は労働力と忍耐が試される修業場となっている。

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