レアモンクエスト 2023 第四話

レアクエ

先日、サッカー部の息子の練習試合を観戦したときに、ブブゼラを吹き鳴らしたら怒られまくったオサーンです。

自慢じゃないが、僕は公平さに自信を持っている。誰にでも分け隔てなく接する爽やかさで好評も得ている。この休日も息子達とブレックファーストをたしなんでいる時に電話が鳴ったが鬱陶うっとうしい雰囲気を一切出さす、「あっ、どうも」から始まる爽やかな応答。だが、着信相手は恐らく酔っぱらっているであろう、ポン斎藤(友達)からだ。既にスマホの通話口から酒の匂いすらしてくる。日本酒をポンジュースと呼ぶ男だ。
「おい、オサーン。今は出張の帰りや」多分ワンカップ大関片手に電話をしてきているのだろう。
「はい、はい、よかったね」と若干投げやり口調、かつ途中でアクビは出たが、いつも通りハートフルな応答である。
「ちょっと隣と代わるから」酔って電話してくるといつも隣りと交代するので、電話口のこっちは戸惑う。だいたい、知らない相手と話をしても、言葉に詰まって困るだけだ。
「もうええやろ、切るで」と吐き捨てると、
「どうも、小久保(仮名)です」
「は?」
「小久保志穂です。」【説明しよう】小久保志穂(本名にほぼ近い仮名)とは、小学校の同級生で当時、学校一美人で僕の初恋の人。今も独身で職場の社長の女という噂を聞いたことがある。
「えー!」素っ頓狂な声が出た。問題はここだ。ここだけ読むと、僕は人によって大きく態度を変えているみたいだが、そうではない。僕は相手が誰であろうが至って冷静な人間だ。
「こ、こ、小久保さん、って○○小学校の?」
「そうやで、オサーンくん♡」
「で、今日は?」
「斎藤くんと一緒に飲んでて、一緒に帰るとこ」
「どういうこと?は?え?」
「名古屋でたまたま昨日会って、それから飲んでてん」昨日会って次の日の朝に一緒に帰ってくるということは、もしかしたら一緒に夜を明かしたのか、とか、今はどんな見た目なのか、とか、どんなパンティー履いてるのか、とか色々と脳を駆け巡る。
若干動揺していたかもしれない。しかし相手が初恋の女性だからといって、態度を変えないのは僕のポリシーなのだ。
“目が泳いでいた” だの “デレデレしていた” とか白い目で見る前の息子達はまだ僕という人間を知らないのだ。お前ら、成長せえ。

今日は全く自分の役目を果たそうとしないウチの給湯器を交換する日。痛い出費だが息子達の「風呂入ったら、寒すぎて幻覚をみた」だの「こんな風呂ならガンジス川の沐浴の方がマシ」というクレームに屈し、急遽取り換えることにした。しかしその当日の朝にさっきの電話だ。だいたい、給湯器の交換に僕が立ち会う必要なんてない。「ご主人、そこのネジ取り付けて」とか業者が言うわけない。中学生や高校生の息子がいれば僕がわざわざ待機している必要なんてない。ポンと小久保さんの動向が気になって取りあえずジッとしていられない。

そういうわけで(どういうわけかはわからんが)、今日はマラソンに出た。

いや、マラソンに出たというのは副産物的要素だ。京都と大阪の間に樟葉くずはという場所がある。淀川を挟んで隣にはウイスキーの山崎で有名な山崎蒸溜所があり、その樟葉に電話のあったポン斎藤が住んでいる。今朝、子供たちがそれぞれ部屋に戻って一人になった際にポン斎藤へコールバックし、梅田で会わないかと誘った。小久保さんもせっかくなので誘ってくれとポンに頼んだ。
待ち合わせの場所で待っていると、30分遅れでポンが来た。やはり酒臭い。いや、ポンはどうでもいい。ポンの周囲を見るが小久保さんらしき人はいない。聞くと、「帰って寝るいうてたわ」という。それならポンも帰って寝た方がいいんじゃないかと言ったが、少し苛立ちながら、「お前が誘ったんやないけ」と返された。

阪急あたりでゆっくり話をしようと言い、ついでとばかりにロレックスへ行くと入店の受付をしてくれた。番号を見ると70番と書いてある。待ちは60組という。これは今日中は無理かと思い、ポンには適当な言い訳をして今度は大丸へ。

入口で並んでいると、ポンはぶつくさ文句を言っている。ちょっと時間がかかるかも知れないし、「地下のリカーコーナーで酒飲めるかもよ」といって待っててもらうことにした。

案外スムーズに入店し、当たり障りのない話をして希望モデルを伝える。残念ながら、”研修中” の名札が見える。しばらく待っていたが、「在庫なし」という何とも冷酷な宣告を受けた。そんなことなら、ポンと一緒に入店して、何か波乱を巻き起こしても良かったか、と思った。でも多分迷惑かけちゃうだろうな・・・

あまり放っておくと心配なので、ポンと合流。酔いをまそうと少し歩く。すると行きつけの喫茶店があるということで、そこへ向かった。

昭和の香りのする喫茶店。最近、こういったところには入ることがないので、逆に新鮮だ。席に座り、昔話に花が咲く。このポン斎藤という男は筋の通らないものを許せない性格だったが、今も変わらない。たとえ相手がどんな力のある者でも、決してひるまず立ち向かう勇気は敬服に値する。

約2年前に会った時もそうだ。その前日の夜、彼は住まいのある樟葉の公園周囲を自転車でパトロールしていた。自発的公共心からである。わかりやすく例えると、「ボランティア憲兵」と言ってよい。確かにその時も酒は入っていたが、それはむしろ彼の時として行き過ぎる正義感を抑えるための鎮静剤に等しい。
ポン曰く、ふと見ると、道端に白い顔をした何者かが集団でうずくまっていた、という。
「君たち、こんな夜更けに何をしているのかな、もう帰って寝る時間だよ」
憲兵は柔和にゅうわな言葉で問いかける。売られた喧嘩はもれなくお買い上げになるポンだが、別に自分から喧嘩を売っているわけではない。教育的助言なのだ、と憲兵は自分に言い聞かせる。
しかし白顔集団は終始無言。憲兵ややご立腹(この憲兵は返事がないことに特にセンシティブで、居酒屋のバイト店員が不愛想なことで暴れているのを何度も目撃している)。
「オヤ~?返事がないね。年上の人間が話しかけてるのに」と言いつつ、自転車の前タイヤで軽くガツン。しかし、この相手が強力ではね飛ばされる。「ハハハ、いい度胸だ。このオサムさんに対して」と、憲兵はタンカを切りつつ再攻撃するが、また跳ね返し。気が付けば、顔中血だらけの中年男が意味不明の言葉を発しながら、ガードレールに何度も体当たりするのを公園を散歩している人が止めたのは、その小一時間後だった。
酔った憲兵はガードレールを新手の不良集団と思い、顔を血だらけにした。これは善意の負傷である。

そんな昔話をワイワイしながら、アラフィフ二人はスイーツに舌鼓を打つ。しかし僕の話は終わっていない。どうして小久保さんが来なかったのか。来ないなら、普通にマラソンをしたのに。小久保さんのルックスは、未だに美人だという。でも不思議だ。そもそもなぜ何十年も会ってないはずの二人がお互いに気付いたのか。普通は「何となく○○に似てるけど、まぁ違うだろうから、間違ったら恥ずかしいしスルーしよ」と思うはず。
それを問うと、小久保さんも樟葉に住んでいて、時々近くのスーパーで見かけることがあり、レジで並んだ時に小久保さんから声を掛けたという。そんな大事なことをポンは僕に言わなかった。これは罪深い。ここの会計だけでは済まされないほど罪深い。しかしこのポン、小久保さんの連絡先を聞いていた。これはポンに出会って初めてと言っていいほどのお手柄だ。連絡先をゲットした僕は、意気揚々とポンに別れを告げ、その後のマラソンに向かった。

15分ほど並んで入店できたある店舗では、デイトジャストは一本もないとビックリする断り方をされた(写真とは無関係です)。

またある店舗では、僕を見るなり「ございません」という、最初から断る雰囲気をまざまざと醸し出しながらの対応で、軽くあしらわれた。この日はなんだかんだで5店舗ほど回り、まともな会話もすることなく終わった。せっかくいい感じでロレックスの運気が上がってきたところだっただけに、悔やまれる。

来月あたり、買えなくても良いので、一泊ぐらいで東京へ行けたらいいなぁ・・・

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