チューダーはマニュファクチュール?

Tudor

時計好きの人には極々自然な単語ですが、そうでない人にとっては飛びっきりの新出単語である “マニュファクチュール” という言葉。そしてそのマニュファクチュールの反対語としてあるのが、”エタブリスール” です。ここではその意味を割愛しますので、下記参照ください。

マニュファクチュールってナニ?
マニュファクチュールってなんだ? 「ここのブランドはマニュファクチュールなんで~」と、時計のことをいかにも知っている風にいうことありますよね。かく言う僕もその一人です。知識があるからってエライわけでもないし、それで偉そぶっているのも見ていて...

やはりこのマニュファクチュールというのは時計ブランドして「売り」となる重要なポイントで、時計のことがどんどん好きになっていくと、こだわるポイントとしている人も多いかと思います。しかしここで昨今、ちょっと濫用されているという話題が、世間は知りませんが僕の中で話題となっています。

僕の好きなブランドの一つ、チューダー。ロレックスの兄弟ブランドとして世界的に人気ブランドですが、ここもマニュファクチュールと言っています。

COSC認定のチューダー “マニュファクチュール” キャリバー | Inside TUDOR
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ケニッシ製のムーブメントを搭載したチューダーは、マニュファクチュールムーブメントを搭載した時計、また、スウォッチ・グループのブランド専用に今では製造され、そのブランドのみで使用されるETA社製ムーブメントを搭載した僕の大好きなロンジンは、マニュファクチュールなのでしょうか?

例えば、「Swiss Made(スイス製)」という表示。時計の文字盤に「Swiss Made」と表示されていると、その言葉の意味は一つではありません。スイス時計協会(FH)のウェブサイトには、「Swiss Made」のラベルがかなりの固有の価値だけでなく、時計がこの有名なラベルを表示できるかどうかを規定する条件は、法令によって定められています。一方で、「マニュファクチュール」や「自社製」の用語は、法律で定義されたラベルではありません。ここから「マニュファクチュールなのか、そうでないか?」という問題が発生します。

用語として、「in-house(自社製)」または「manufacture(製造)」は、時計ブランドが開発、精度、仕上げ、品質の高い基準を示すために使用されます。そして、これらの用語は、社外製のムーブメントを搭載した時計と比較して価格が往々にして高くなる傾向にあります。手の届きやすい価格帯を運営するブランドも、既製品ののETAやSellitaのキャリバーの代わりに、独自のムーブメントを使用する傾向が増えつつあります。何が「自社製」であるか、そして何が「社外製」であるかを厳密に定義する規則がない限り、自社製と社外製の議論は終わることはないですね。

ETAがロンジンのために生産する専用ムーブメントを「in-house」ではなく「in-group」と呼ぶことにしたら、問題は解決します。ロンジンは1983年にスウォッチグループの前身にあたるSMHに統合された際、ムーブメントの製造を停止しました。ETAを含むムーブメント製造の強力な力もグループの一部であることから、その考えは理にかなっています。しかしオメガとそのオメガが独占的であるCo-Axialキャリバーが上に位置し、ETA搭載のCertina(サーチナ)やTissot(ティソ)が下に位置するように、イメージと価格の観点から正しく位置づける方法は、独自のムーブメントを使用するかどうか、ということではないでしょうか。

ETAがロンジンのために製造するムーブメントは、ETAの製造施設の中で専用のフロアで製造されていますが、ロンジンの本社であるサン=ティミエの施設内では製造されていません。これらのロンジン専用のETAムーブメントは、特定の要件や機能を持っており、他のスウォッチグループのブランドで利用できないことを意味します。それでも、COSC認定を受けたCal. L844.4を製造しているのはロンジンではなくETAです。したがって、ロンジンは外部から調達したロンジン用のムーブメントを使用していますが、スウォッチグループのムーブメントメーカーであるETAによって製造されている事実から、やはりこれらのムーブメントを説明する正しい用語は「イン・グループ」じゃないでしょうか。

スウォッチグループはロンジンとETAの両方を所有しています。チューダーはケニッシを立ち上げ、現在はそのムーブメント製造会社の主要株主となっています。長い間、チューダーはロレックスの時計でありながら、社外のムーブメントを搭載していました。その結果、ロレックスの時計よりも手頃な価格で提供されていました。しかし時が経ち、2016年に、チューダーは自社の時計用ムーブメントを生産するためにケニッシを設立しました。その後すぐに、ブライトリングとの最初のパートナーシップが始まりました。そして、ケニッシの事業が発展するにつれて、シャネルが2018年に株主となり、ブランドの新しい “J12” 向けのムーブメント供給が開始されました。

ケニッシは現在、ノルケイン・タグホイヤー・フォルティス向けにもムーブメントを製造しています。ケニッシの戦略は、「主にスウォッチグループが非スウォッチグループの企業にETAムーブメントの供給を停止する決定」に対抗することです。重要なのは、ケニッシがハンス・ウィルスドフル財団の一部ではなく、チューダーやロレックスとは異なる実体であるということです。

チューダーの戦略は、ムーブメントに関する戦略においてロレックスの戦略と比較できます。ロレックスはエグラーが設立したムーブメントメーカーでありロレックス ビエンヌとして知られる会社を2004年に取得したのはそのためです。元ロレックスのCEOであるパトリック・ハイニガー氏は、完全に独占的な製造を実現するビジョンを持ち、ロレックス ビエンヌの推定報告額が10億スイスフラン(当時のレートで約870億円)である取得はその最初のステップでした。そしてロレックスはリューズの製造業者であるボニンチ、文字盤メーカーのベイエラー、そしてブレスレットメーカーのゲイフレールを取得することも検討。2009年には、ロレックスはビエンヌにあるムーブメント製造施設を拡大し始め、2012年には新しい高度なテクノロジーを備えた製造施設を開設しました。定義は様々あるでしょうが、その瞬間から、ロレックスの時計が「in-house」と見なされるようになったとも言えます。

最近、チューダーは新しいル・ロックル製造施設に拠点を移し、ついにジュネーブのロレックス本社から移転しました。チューダーの全く新しい本社は、ロレックスが所有する土地に位置しています。

ロレックスの建物に隣接しており、赤と黒のチューダーカラーの建物の中では時計の組み立てが行なわれていますが、ムーブメントの製造は行なわれません。ムーブメントはもう一人の隣人であるケニッシから来ています。

そしてここに結局戻ってくるのですが、権利を80%所有している会社からのムーブメントがすぐ隣で作られている場合、それは「in-house」なのかどうか。 ケニッシがチューダー以外のブランドのためにもムーブメントを製造しているということは、また別問題です。ピアジェがラ・コート=オー=フェで製造したムーブメントをカルティエに供給している事実も、一部のピアジェのモデルがマニュファクチュールであるという事実を変えませんでした。最大の「問題」は不動産に関連しています。実はチューダーとケニッシの生産施設には地下で繋がっています。でも地下の通路からムーブメントを転送するために使用されているかどうかはわかりません。

地下通路は確かに実用的です。945メートルの標高で厳しいジュラ地方の冬の気象条件であっても、準備が整ったムーブメントを簡単に運ぶことができます。でも細かい話、1つの建物から別の建物に移動しています。1つの建物にはチューダーと書かれ、もう1つにはケニッシと書かれています。変な話、物理的な観点から言えば、ケニッシのムーブメントは「社外」ではなく「社内」とも言えます。

2015年のノースフラッグというモデルの内部には、キャリバーMT5621が搭載されています。この自動巻きムーブメントにはパワーリザーブインジケーターが備わっており、これはロレックスの技術に基づいています。この自動巻きムーブメントには、ロレックスのシリコンヘアスプリング技術、フルバランスブリッジ、さらにはフリースプラングのマイクロステラ バランスホイールが備わっています。これはケニッシ以前のムーブメントであるため、チューダーはこのムーブメントをどこで製造したのかという問いに対しては、「ビエンヌのロレックスムーブメント製造施設」と答えるかも知れません。

それでは、ノースフラッグはマニュファクチュールなのでしょうか?まぁ、当時、チューダーはジュネーブのロレックス本社でオフィススペースを占有しており、建物の外側にはロゴである “チューダーの盾” は表示されていませんでした。それにもかかわらず、ロレックス傘下のチューダーは母体の会社によって特別かつ独占的に製造されたムーブメントを使用していました。これは非常にややこしい(もうどうでもいいと思っている人、許して)。今では生産終了となったノースフラッグは、かつて存在していたときにはあまり愛されなかった時計ですが、おそらくチューダーが製造した中で最も興味深いモデルの一つと言えるでしょう(俺だけかも)。

結局僕が言いたいことは、何が “in-house” であるか、「何がそうでないかをキッチリ明確に規定するルールブックが存在しないから、こうなるんだ!」ということです。僕の中の結論としては、チューダーもロンジンもムーブメントは大胆にも “in-house” ではない!と言ってしまう(僕は厳しい)。しかし、もしかしたら、スイス時計協会(FH)が介入し、”in-house” や “マニュファクチュール” と定義する基準を法律で設定することが最善かもしれません。時計が “in house” のムーブメントを備えた時計であるかどうかを判断する際、ブランドの看板がムーブメント製造施設の上に掲げてある必要があるかどうかなんて、しょうもない議論をする必要もない。「SWISS MADE」のような「SWISS MANUFACTURE」の認定ラベルがあれば、マニュファクチュールの議論を終結させることができ、この時計の世界に平和が訪れるはず。ジュネーブシールのような認定があればいい。

でも僕、ここまで言っておきながら、時計を選ぶときにマニュファクチュールとかはどうでもよくて、見た目重視派です。

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