日々是、思ふ 其の肆拾捌

先日、私がとある記事をツイートしたのですが、読まれてない方はまずはこちらの記事をご覧ください。

ざっとお読みになったのは、ある時計関係のメディアがWEB版として出した記事。私はそれを拝読し、感じたことが色々とあった。私は結構古くから時計に興味を持ち、様々なブランドの時計を見てきた。もちろん、数多くのブランドの時計を紹介するような時計専門メディアの方々の足元には及ばないのは百も承知だ。私は今まで様々な時計を調べ、収集とは恐れ多くて言えるほどのものではないが、自分の足で探し回っていくつか買ってきた。理由は様々あるが、手放した時計も多くある。そんな私が今回の記事に違和感を感じ、ちょっと腑に落ちないこともあり綴ってみた。

さっそくではありますが記事のタイトルから入りたいと思う。“SNSやバラエティ番組が煽った「ロレックスマラソン」の大罪” と題された記事でございます。内容をざっくり説明すると、「ロレックス正規店マラソン、辞めてほしい」ということであった。正直、浅慮さを感じざるを得ない内容だった。このタイトルを持ってくるということは、そのタイトルに対する理由と説明、裏付けがあると思ったからだ。しかしこれ、完全にロレックスマラソンランナーを悪者という視点で一括り。残念の一言だった。

最初から順を追って見てみる。
まず、「大罪」とタイトルで斬っている点はある意味、「おう、大胆だなぁ!」と、最初は感じた。私がこの筆者の考えと反対側の人間なのかどうかは別として、一つの議題に対してバッサリとタイトルで斬っていることで、その相当なる考えを披露してもらえると思ったからだ。しかしこの期待は大きく裏切られた。
この記事の冒頭、「お売りできる時計はないんです。なのに、毎日のように来店される。 -中略- 正直、接客が怖くなりました。」と、ロレックス正規販売店の店員さんが言ったような書き出しで始まっているが、「店員さんが言った」とは書いていない。文字数の関係でカットしたのか?それとも昨今のロレックス販売店の様子を筆者が感じた “印象” としてそれを要約し、括弧書きしたのだろうか?まぁいい。だがこれを「被害」と言っている。全くもって理解できない。 “売る時計はない” という言葉の意味は、”商品が入荷、もしくはストックしていないので販売できない” という意味に受け取った私だが、そうであれば入荷のタイミングを教えてもらえないのだったら時間の許す限り、お店に足しげく通うのが本当に欲しい人なのではないか?このアクションによって「接客が怖い」となるのがわからない。この時点で、既に筆者がターゲットとしている “ロレックスマラソンランナー” は、ロレックスだけではなく、多くの対面販売に於ける場面にいる、いわゆる “モンスター・カスタマー” を指しているのではないか、と感じた。

そして続く内容では、グループで来店することに対しても触れている。私は一人でしか行かないのでわからないが、グループだとダメなのか?迷惑なのか?高級ブランド店が多く入っている(ロレックス正規店も入店している)銀座の商業施設の裏に観光バスが停車できるようなスペースを設けておいて、「団体は迷惑」って本当に言っているのか不思議に思う。完全に中国からの爆買いツアーを見越している作りじゃないのか、これ。外国人ならツアーでもいいのか?記事には “地方の県庁所在地にある老舗店舗” とあるが、そんなのどこでも関係ないでしょ。私が地方で商売をしていたら、すごくありがたいと思うのですけどね・・・まぁ、冒頭で時間を取り過ぎても仕方がないので次に行きます。

高級ブランド店が入店している建物の裏にツアー客が来るように作られているように見える場所

本題に入ると、SNSでロレックス正規店マラソンをしている人やTVの影響が原因でロレックスを買いたいと思い、正規店へ行くのは「時間の無駄だし、何よりも時計店の迷惑。」と切り捨てている。きっかけが上記の理由だと、“迷惑” ということだ。攻めている。なかなかいい。ここまで来ると面白い。そしてこの対策として、いくつかの店舗では入場制限を設け予約制での入店システムとなった。筆者は、「あなたが普通の人なら、こうした予約制の丁寧な接客の方がうれしいはずだ。」と断定している。私は普通の人だが、“予約制云々よりも丁寧な接客” がうれしい。決して、『予約制=丁寧 / 来店順=雑』だとは思わないし、これまで通りの来店順での入店で構わない。揚げ足をとるつもりはないが、あまりにも乱暴な理屈だと思う。ただ、仮に正規店へ足しげく通うことが “悪” というのなら、この「予約制の丁寧な接客」とやらが実現したことは、筆者がいう “普通の人” にとってはまさに “怪我の功名” であり、「予約制になって良かったね、ランナーに感謝だね」と皮肉の一つも言いたくなるが、私は大人なので我慢しておく。

HP上で予約をするが、一瞬で埋まる。結局開店から並んで順番待ちをする

この後はロレックスの良さについて書かれており、気になる点は多々あるが、終わりそうもないので一先ずスルー。そしてそのあとに続く項目が、『「原因は、ロレックスの生産数が少ないから。悪いのはロレックスだ」という、いわゆる“ロレックス陰謀論”を唱える困った人たちもいる。』という内容のもの。しかしこれ、欲しい時計があり数か月もの間、店に足を運んでも買えず、毎回毎回「入荷のタイミングさえ合えば・・・」や、「ただいま在庫を切らしております・・・」なんて言われたら、一般的な日本の市場で何十年も買い物してきた人なら誰だって思うことじゃないか?これだけ来店していても、いつも在庫がない。別に値切るわけでもなし、100万円近いモノを定価で買いたいだけなのに買えない状況。しかも金無垢のモデルとなると、「製造数が少ないので、月に1本入るかどうか・・・」と、(真偽は不明だが)店員さんが実際に口に出して言っている。根も葉もないウソを拡散することは良くないのは当然だと思うが、生産数云々は他のブランドとの生産数の比較・需要と供給の問題なので、実際にバランスが崩れているのは事実だろう。それについて「ロレックスが悪い。」と、もし口にしているランナーがいるとするならば、それは批判されても仕方がないかもしれないが私の知る限り、そういうマインドになっている人は結局文句を言ってマラソンをリタイアしているパターン、絶対数で言うと少数派だと私は思うのですが、どうだろう。
また、『たぶんマラソン客のうちかなりの人が「ロレックスが有名で、他の人にも人気だから」欲しいのだと思う。』とまで言っている。いわゆる、 “ミーハー” ってやつだ。しかし “ミーハー” のどこが悪い?じゃぁ世の中の “人気” ってそもそも何なんだ?スタバで人気の商品が発売されて、列をなして並んでいる人たちもそうじゃないのか?
そして挙句の果てに、『時計の取材を30年近く続けている立場から言わせていただければ「他にも素晴らしい腕時計」「あなたに似合う腕時計」はたくさんある。できればそちらに目を向けてほしい。』と書いている。ならば逆に言わせていただきたい。それだけ長い期間取材をしているにもかかわらず、“他にも素晴らしい腕時計” とやらを多くの人に広めることができていないのは、ジャーナリストと名乗っている本人にも責任があるのではないだろうか。自分が取材をしてきて “素晴らしい” と感じたのならば、もっと世の中に発信してこそ、ジャーナリストではないだろうか?ロレックスマラソンの表面だけ捉えて、ロレックスに媚びへつらうような発信をしている場合ではないと思う。

 

だんだん疲れてきた。まだまだあるが、終わらないのでスキップする。終盤には、『テレビメディアが無責任に煽ったおかげで、ロレックスには「転売すると儲かる腕時計」というイメージができてしまった。』と書いている。今のロレックスブームをフォーカスすると、その通りだと思う。しかし世間で過熱していたり、まだ一般には浸透していないが一部界隈で大きく盛り上がっている市場があればテレビやマスコミ、SNSで大きく取り上げられるのは至極当然ではないだろうか。この流れが世の中の “ブーム” と呼ばれるものであり、その昔、任天堂のゲーム機用ソフトのドラゴンクエストシリーズなんてのは社会現象となり、ベッカムがW杯で注目されるとヘアスタイルが流行し、そこには様々な当時のメディアが関わり大きく世に知らしめた。ドラゴンクエストは恐喝や抱き合わせ販売が問題になったし、W杯ではブラジルのロナウドの大五郎カットは誰も真似しないのにソフトモヒカンのベッカムだけが真似される世の中の理不尽さを目にした。同じサッカー界のスーパースターでも、人気の方向性が二分するわかりやす例だと思う。メディアの取り上げ方ひとつで、世の中の需要が変化するのは、当然ではないだろうか。

 

最後に、『SNSやテレビメディアが引き起こした「心の病」』とあたかも病人扱いまでしている。『転売目的で、また投機目的でロレックスを購入する「転売ヤー」に加えて、ロレックスについて「世界で最も有名で人気がある腕時計」ということしか知らない人々が、「お手軽な儲け話」としてロレックスに惹きつけられている。それが今の「ロレックスマラソン」を引き起こしたロレックスブームの正体だ。』と断言している。しかし私が思うに、このロレックスや高級時計の売買に関する情報は、元を辿ると時計雑誌によるものが大きく起因している。下の画像は今から約14年前に発売されていた時計雑誌だ。

当時から、“高価買取” と広告が入り、各並行店の販売価格が何割かのページを占め、時計の時計としての価値だけではない資産性を大きく毎回取り上げていた。もっともらしいことを言っているアノ雑誌でも、「資産価値としての時計を考える」などといった雑誌の売り上げを意識したようなタイトルで時計の資産価値についてを表紙で大きくうたっていた回もある。元を辿れば、時計だけ紹介していたら良いものの、買取りや二次流通、資産性を言い出したのは時計専門誌が最初でしょ。それがその時代、その国の社会情勢、インターネットやスマートフォンなどの技術革新が作用し、新たに肉付けされたものなのではないか。テレビやSNSはその大きな影響力で広げたのは事実だが、悪の根源のような言い方を見ると、考えの浅い可哀そうな分析だなぁと感じてしまう。
私はモノに対する考え方は様々あって良いと思う。そもそも何不自由のない有り余る資産を持っている人たちとは違い、自分の小遣いを一生懸命貯めたり、自分へのご褒美としてロレックスをマラソンという名の店舗訪問で手に入れた人達が、「今なら買取価格が〇〇円で、〇〇円ほど今売ったら儲かる。」などと喜びを感じることに何が悪いのか、と思う。資産を十分に持っていて、ロレックスの店員さんとのコネクションを持ち、マラソンをせずとも人気モデルを定期的に購入している人が「もう着けないから」という理由で買取店へ売っている人も多くいる。
“儲かる時計” だから好きになったロレックス、動機不順と言えばそれまでだが、例えそれがロレックスの入り口であっても、後にロレックスの時計としての凄さを知り、そこから他のブランドへ発展し、様々な時計の魅力に取りつかれることも往々にしてあることだ。ブランドの歴史や背景、時計に込められた想いなどは買う前から頭に入れる必要なんてない。私は結果として時計好きになる人が増えることが大事だと思っている。

大きくうねり出した世間のブームに対して中身の伴わない批判をするのは一般人で十分だ。長年時計を取材している立派なジャーナリストならば、「ロレックスより、こっちの方が欲しい!」と思わせるような “他にも素晴らしい腕時計” とやらを世に知らしめ、「目を向けてほしい」ではなく、そんなランナー達を振り向かす心を奪われるような情報を発信してもらいたい。