スイスの時計業界に一石を投じた幻の時計

GMTのペプシカラーパネライのリューズガードにインデックスロイヤルオークの八角ベゼルノーチラスのダイヤルパターンIWCのロゴブレゲの針カルティエのリューズウブロのようなケースジラールペルゴのトゥールビヨンブリッジ、それぞれスイスを代表する時計ブランドの特徴的デザインを取り入れた不思議な時計。

これを作ったのは、ロゴに書かれている書体がまるで “IWC” のような “HMC” こと、H. Moser & Cie. (H.モーザー)です。

そしてこの時計の名前は、「SWISS ICONS WATCH(スイス アイコンズ ウォッチ)」といいます。スイスの象徴的な時計といったところでしょうか。各スイス有名人気ブランドの時計のオマージュとして、そしてH.モーザーの特徴ともいえるグラデーションが美しいフュメダイヤルと、自社製ヘアスプリングを使ったフライングトゥールビヨンを採用しているところからも、それぞれのブランドに対しての敬意を表していると思っています。

ではこの時計は、何を意味していたのか?この時計は、昨今のスイス高級時計ブランドのマーケティングへの疑問、並びにこの時計を通じて警鐘を鳴らしているものと思われますH.モーザーは、「本来のスイスに根付いている時計作りの精神が薄れているのではないか?」と感じていたのでしょう。それは、日本の「ものづくり」への思いと相通じるものがあるようにも。

2018年SIHHジュネーブサロン)終了後、オークションに出され、 “収益はスイス時計製造の文化保全と若い職人の育成を目指す基金に充てられる予定” だった。

しかし残念なことに、オークションに出されることはなくなり、基金への寄付も消えてしまいました。下が H.モーザー CEO エドゥワルド・メイランの声明です。

以下、日本語訳

H.モーザーの友人ならびに関係者の皆様へ

誰もが#MakeSwissMadeGreatAgain (Swiss Madeを再び偉大にしよう)を成し遂げることは
たやすいことではありません。

おそらく皆様はスイス アイコン ウォッチのキャンペーン告知がストップしたことをご存知であると思います。私たちの目的はこの美しいウォッチメイキングの世界に存在した偉大な先駆者達に敬意を表し、ある特定の慣習に携わる人々に対する警告でしたが、時として残念ながら、私たちのメッセージは誤解されてしまいました。

したがってスイス アイコン ウォッチは発表されず、若い時計師の教育と人材育成を目指した基金に寄付されることもありません。

しかしながら来週から開催されるSIHHでも多くの素晴らしいサプライズをご用意しています。ぜひ楽しみにしてください。

と、何とも残念な結果となってしまいました。世に出すことに対して、”O.K.” というブランドもあれば、”ダメ。ゼッタイ。” というブランドがあったと言います。ということで結局お蔵入りとなったこのモデルですが、その当時の想いを詰め込んだ映像が残っています。

かなり過激な主張かもしれません。しかしスイスの時計業界に一石を投じたに違いないでしょう。

H.モーザーはこれだけではなく、スイス時計というものを常に訴えかけています。例えば、スイスチーズが有名です。ということで、チーズを原材料とした時計を2017年に発表しています。

ベゼル部分に本物の高級チーズを使っています。加工しているのでボロボロと崩れることはありませんが、これは時計に書かれる “SWISS MADE” という表記への反発でもあります。というのも、2017年から “SWISS MADE” という表記は、時計部品の 60% がスイスに出自を持てばよいことになりました。スイスメイドにこだわる H.モーザーは、100%スイス製の時計、SWISS MAD WATCH (スイス マッド ウォッチ)というチーズ時計を作りました。スイス製を謳う「そうでない時計」へのメッセージです。

そんなこともあり、H.モーザー2017年以降、時計に “SWISS MADE” の表記を取りやめました。

また、限定モデルとして スイス アルプ ウオッチ(Swiss Alp Watch) というのも作りました。名前の通り、アップ〇ウォッチとよく似ています。

機械式時計の良さとスイス時計の意地のようなものを感じさせるモデルです。このモデルは予想以上に反響があり、ヒットモデルとなりました。その後、レギュラーモデル化し現在に至っています。確かにかなりお洒落です。

と、ここまで見ていただくとお分かりかと思いますが、H.モーザーは相当高い意識の元、スイスという地に誇りを持ち時計作りに取り組んでいます。もちろんその表現方法には是非があるかと思います。しかし少なくとも私には、その意思は伝わりました。冒頭に紹介した他社合体モデルが世に出回らなかったことが少し残念ではありますが、日々、違う形で訴え続けているH.モーザーのブランドポリシーというものが見えたような気がします。

H.Moser&Cie. は、優しい時計のデザインの裏にはロックな精神が宿ったブランドですね。